国立音楽大学音楽研究所オペラ演奏研究部門
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映画音楽巨匠のオペラ・ブッファ「ノイローゼ患者の一夜」
-いよいよ日本初演!-

作曲:ニーノ・ロータ Nino Rota (1911-79)

2012年2月25日(土曜日) 15:00開演
国立音楽大学・講堂大ホール
入場無料

物音が気になって眠れないノイローゼ患者のホテルでの一夜。
まわりの部屋も借り切って安眠のつもりが、いつの間にか両隣にも客が…。
夜のホテル・フロアで繰り広げられるドタバタの末に、安らかな眠りは訪れたのか…。

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Nino Rota 公演に向けて no.1

我が研究所の活動もオペラ公演まで2か月という時期に来ました。
現在の活動は、12月14日にプロジェクト「イタリアオペラ演奏法研究」の受講生たちによる修了試演会を終えたばかりです。
いよいよあとは2月25日、日本初演となるニーノ・ロータの喜劇「ノイローゼ患者の一夜」( Dramma buffo “La notte di un Nevrastenico” , 1959) の制作活動が佳境に入ってきます。
そこで、「ノイローゼ患者の一夜」について、また作曲家、ニーノ・ロータ、および彼の作品に関する研究のレポートを、ランダムに書いてみようと思います。
2月の公演プログラム、公演前半のレクチャーの為の素材をまとめていく過程のメモ程度のつもりですので、毎回まとまって終わらないと思いますがご容赦願います。
まず第1回目は作曲者自身についてです。ニーノ・ロータ ( Nino Rota ,1911-79 ) のプロフィールと作品群を見てみましょう。

子供時代

「もしも人々が私の事を、わずかな郷愁と、沢山のユーモア・楽天的な人生などをその音楽の中に表現しようとしている者として数えているとしたら、まさにその通りに私自身は記憶されたいと思う」(ニーノ・ロータ)
ニーノ・ロータは1911年12月3日、ミラノに生まれました。わずか8歳の時に作曲したオラトリオ「サン・ジョヴァンニ・バッティスタの幼児期」( oratorio L’infanzia di san Giovanni Battista )の素晴らしさによって彼は12歳にして早くも神童との評判を受けます。ピアニストである母親はしっかりとした音楽教育を与える事を考え、ロータは同年、ミラノの音楽院 ( Conservatorio di Milano )で学び始めます。1925-26年、彼はクリスチャン・アンデルセン( H. Chr. Andersen ,1805-75 )の童話を元におとぎ話オペラ「豚の王子様」(opera favola “Il principe porcano” )を作曲します。ヒルデブランド・ピッツェッティ( Ildebrand Pizzetti ,1880-1968 ) の元での勉強に続いて、ロータは1926年にローマに行き、サンタ・チェチーリア音楽院( Conservatorio di S. Cecilia , Roma )でアルフレード・カセッラ( Alfredo Casella ,1883-1947)に師事し、3年後にはピアノと作曲のディプロマを受けます。

A.トスカニーニと

その後アルトゥーロ・トスカニーニ( Arturo Toscanini ,1867-1957)の忠告に従い、彼は1931年から32年にかけて、フィラデルフィアのカーチス音楽院( The Curtis Institute )において、作曲をロザリオ・スカレーロ ( Rosario Scalero ) 、指揮をフリッツ・ライナー( Fritz Reiner ) に学びました。アーロン・コープランド( Aaron Copland ,1900-90) と知り合い、アメリカ民俗学、ハリウッドのメイジャー映画やジョージ・ガーシュウィン( Geroge Gershwin ,1898-1937 ) の音楽などに大きな興味を発展させていきます。イタリアに戻った1937年に、16世紀の音楽学者ジョゼッフォ・ツァルリーノ( Gioseffo Zarlino ,1517-90 ) についての博士論文を完成させ、ロータは、1939年にはバーリの音楽院( Conservatorio di Musica Monopoli, Bari ) の教授として任命され、その後、同音学院の院長として1950年から1975年まで勤めました。そこでの一番有名な弟子として指揮者リカルド・ムーティ( Riccardo Muti ,1941- ) がいます。作曲家ニーノ・ロータと映画監督フェデリコ・フェリー二( Federico Fellini ,1920-93) の、人生を通しての共同作業が始まったのは1952年からでした。ロータは1979年4月10日、68歳でローマに没しました;現在、彼の膨大な財産はヴェニスのチーニ財団( La Fondazione Cini, Venezia )にて管理されています。
純音楽作家としてのロータは、まず1930年代に室内楽とオーケストラの作品で聴衆と批評家筋の両方からの注意を惹きつけます。彼は名だたる模倣者と呼ばれるほど古い音楽スタイルにこだわりを持っていました。ロータのシンフォニー作品、それはまさに古いドボルザークのスタイルの中へのロマン派音楽の結合でありましたし、一方、そういった彼の新古典主義への傾倒は、時にはパロディーの感触を見せる彼の室内楽作品の中に多く見て取ることもできます。
ロータは全部で150の映画音楽を作曲しその中にはフェデリコ・フェリーニの「甘い生活 」(La dolce vita , 1960)、「道化役者」( I clowns ,1970)、「アマルコード」( Amarcord ,1973)、「フェリーニのカサノヴァ」( Il cassanova di Federico Fellini ,1976)、ルキーノ・ヴィスコンティ( Luchino Visconti )の「山猫」(Il Gattopardo ,1963)、「魂のジュリエッタ」( Giulietta degli spiriti ,1965)やフランシス・コッポラ( Francis Coppola ) の「ゴッド・ファーザー」( The Godfather ,1972)などの屈指のクラシック作品をも含んでいます。ロータは映画監督たちの要求を満たす感覚において常に独創的であり、彼の映画音楽での大成功は、ただ単純に作曲家の極めて素晴らしいメロディーのコンセプトにばかり起因するものではなく、彼の音楽と映像の直接的な関わり方が同等に起因するものであったと考えられます。音楽そのものがメインテーマとなった「オーケストラ・プローベ」(Prova d’orchestra ,1979)は、ロータのフェリーニとの最後の共同作品となりました。ロータのコンサートホールやステージへの作品には、10のオペラ、23のバレーや舞台作品、3つのシンフォニー、それぞれピアノ、チェロのためのコンチェルト、それにたくさんの合唱作品と室内楽作品などが含まれます。オペラ「アラジンと魔法のランプ」( Aladino e la lampada magica ,1963-65)はよく知られた”アラビアン・ナイト”からのおとぎ話をベースにしたもので、1968年にナポリで初演されました。バレー組曲「想像のモリエール」( Le Molie’re imaginaire ,1976-78)はロータが劇場用に書いた重要な作品としては最後のものです。映画音楽に加えて、ピアノ・ソロからオーケストラまでの非常に広範囲な編曲作品が存在します、それはもともとロータの室内楽作品の中のヴィオラとピアノのための「Sonata en sol」(1970)とクラリネット、チェロとピアノの為の「Trio」(1973)であり、これらは今やたくさんの音楽家たちの演奏会用のレパートリーに含まれるようになっています。1973年ロータはコッポラの世紀的映画作品「ゴッド・ファーザー」の映画音楽によってグラミー賞とゴールデン・グローブ賞の両方を獲得。1975年の「ゴッド・ファーザーのパート2」の映画音楽でオスカー最優秀映画音楽賞を受賞しています。

以上のように、映画音楽の巨匠として大変有名なニーノ・ロータですが、実際には大変多くの純音楽、クラシック作品を書いています。次回はその辺を探ってみます。
(小林一男)

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20世紀のイタリアオペラ衰亡史

オペラプロジェクト「特別講演会」予告:
・講師 : 永竹由幸氏
・演題 : 「20世紀のイタリアオペラ衰亡史」
      ~メロディーを失って、また取り戻したイタリアオペラ~
・日時 : 11月2日(水) 18:00~19:30
・会場 : 国立音楽大学6号館110スタジオ

…ヴェリズモ・オペラは人間の感情を徹底的に刺激するメロディーで人々を夢中にさせました。
ところが、そんな音楽は俗っぽい、はしたないと軽蔑され、どんどん難しい音楽になっていきました。
それはそれなりに、よく聞くとなかなかいいのですが、大衆的には人気が出ません、口ずさめないからです。
ザンドナーイ、モンテメッチは、オテロの路線を、ヴォルフ・フェッラーリは、ファルスタッフの路線を引き継ぎ、レスピーギはその中間路線をいきました。
そして12音階を取り入れたピッツェッティと、ダッラピッコラが強烈な音楽でオペラを創作しました。
しかし大衆はソッポを向きました。芸術至上主義論者は大衆から乖離したのです。
それを元に戻そうとしたのがメノッティとニーノ・ロータです。彼らは旋律の美しさを再び恥かしげもなくオペラに取り戻したのです。
どうしてこんなことになったのか、20世紀のイタリアオペラ衰亡史をお話しします。….
                             
                                  ー永竹氏の講演レジュメよりー

 -誰でも聴講できます。たくさんの皆様のご来場をお待ちしていますー

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公開研究会「近・現代のオペラ演出をめぐって」

国立音大音楽研究所オペラ演奏研究部門の公開研究会が18時から19時30分まで6-113で行われました。
講師は演出家の中村敬一先生、題目は「近・現代のオペラ演出について」でした。
まず「劇場」史の概略が説明され、古代ギリシャの劇場の名称と機能が、オペラの誕生と現代まで受け継がれるオペラ上演との間でどのような関係にあるのかが説明されました。
現代の我々にとって当たり前のように思われる「リアルな(ここでは、日常的なより自然な動きや話し方による)」演劇は19世紀後半以降、求められ享受され るようになったことも指摘されました。これは、ロウソクやガスから電気照明が使えるようになったことが大きな要因となり、暗闇が作り出せる(つけたり消し たりできる)ようになったためで、さらに照明技術の進歩により演者の顔など、舞台の一部分を明るく(暗く)できることで起こった、演技・表現スタイルの大 きな変化だと説明しました。
また、日本のオペラ界(全般的には演劇界)では、長い間、翻訳劇が主流で、近年は原語上演がスタンダードになったという現状、演出や演奏解釈も翻訳された セリフからのみ行われていた経緯が話され、それと同時に原語で作品に取り組むようになると原文解釈や発音に精力を注ぐけれど、セリフの意味+αの部分、セ リフの意味するところやそこから生みだされる新たな世界のようなものについて考えることに時間を割かなく、割けなくなってきていると講師は言います。ま た、これが語学力レベルであれば翻訳されたセリフ(母国語)で読み込むことである程度解消できるけれど、国語力の低下にまで問題は進行しつつあるのではな いかと危惧しています。ここでの国語力とは、ことばによって創り出された人物像や世界を想像でき、それを再構築できるような力を指します。(我が国の外国 語教育の基本理念にも関わる問題です)
以上のことを実感するために、シェイクスピア『マクベス』から2つの場面をとりあげ(翻訳されたセリフで)台本読みを行いました。
総合芸術たるオペラに関わっていく者として、教養を身に付ける大切さを再確認した研究会でした。

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特別講演会:ヴィート・クレメンテ「若いオペラ歌手への提言」

国立音楽大学の音楽研究所オペラ演奏研究部門の特別講演会が今日(9月23日)、6-110で行われました。
会場の緊張した雰囲気を和らげるため自身の経験を織り混ぜたトピックを挿入しながらも、要所要所でそれらがモザイク画のように浮き上がってくるという素晴 らしい講義でした。ただ、若い学生たちにとって即効性のあるマニュアル的なアドバイスではないので、自ら目的意識を持って、目標を定め、自らの頭で考え前 進するといった強い意志を抱いた学生向けのお話だったと思います。(これはクレメンテ氏が学生たちに敬意をはらい、歌い手として接してくれていることを意 味します)
講演会の導入としてフェルマータ(corona)の意味と役割から話をスタートさせました。楽典では音符や休符のほぼ二倍と習いますが、実際にそれで大丈 夫なのかという疑問を持つところからスタートして楽譜の読み方、作者の意図をも読み解くアプローチ方法へと話題は発展します。また、劇場において時間の オーガナイザーと言うべき指揮者の仕事と時として時間を超越した場(空間)から創造する演出家との異なる世界観について触れ、二つの世界を自由に行き来し ながら、音楽劇を作っているという氏の秘密を惜しげもなく語ってくれました。この話を聞けば、なるほど、ボンジョヴァンニ社から発売されているロッシーニ 《劇場の都合と不都合》の一幕フィナーレの完成された世界を、なぜ完全なライヴ録音で残すことができたのかが分かります。
さらに、なぜオペラが総合芸術と言われるのかについて考えました。芸術監督の視点からみたオペラ、歌を介して演じる人と声を出す人の違い、セリフの意味と 意味するところを声でいかに伝えるか、それがどのように作曲されているか、今日明日に分かることではないかもしれないけれど、歌手として劇場人となるため には非常に重要なポイントを次々とお話されました。
休憩をはさんで、後半はレクチャー・レッスンが行われました。
良い声と良き師を得ること(これは運にも恵まれなければなりませんが)の大切さ。それらは、スタート地点に立つことで、次に何を求めて行くのかについての お話。オーディションで何を求められるのか、チャンスは突然やってくること、それをものにできる準備しておくこと、イタリアで学び・歌いたいならイタリア 語をマスターしておくこと(もう少しソフトな言い方でしたが)、などなど。五年、十年と経ったときに、その学生が歌い手としてしっかり歩んでいたら、座右 の銘になってもおかしくないような厳しくも暖かい提言がいっぱいつまった素晴らしい講演会でした。

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ヴィート・クレメンテ氏が、ついに「くにたち」に登場!

明日9/23、17:30~、6-110スタジオ、「Vito Clemente 特別講演会~若いオペラ歌手への提言~」、誰でも聴講が可能です。
イタリア期待の指揮者で、来年度の大学院オペラ「ドン・ジョヴァンニ」も振る予定の、ヴィート・クレメンテ氏が、ついに我がオペラ・プロジェクトに登場し、ヨーロッパの現在のオペラ事情についてのお話、またオペラ歌手を目指す日本の若い歌手たちへの提言をしていただき、短い時間ながら我が受講生たちの公開レッスンをしていただきます。

なお前日の今日9/22は、19:00~、イタリア文化会館アニェッリHにおいて、Vito Clementeが、埋もれたナポリ派オペラ作家、Tommaso Traettaの作品を日本初演する「Traetta Opera Festival in Japan No.2」が開かれます。ぜひ足をお運びください。

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9/7、活動を再開しました。

 いよいよ2011年度後期の研究所活動が再開されました。
 9月7日、まずは「研究所員会議」を開き、後期の活動、各種研究会、講演会、それに受講生たちによる演奏法研究の試演会、さらには今年度活動のクライマックス、ニーノ・ロータ「ノイローゼ患者の一夜」公演などについて、打ち合わせを行った。

<後期スケジュール>
 ・9/7 第2回オペラ台本研究会
 ・9/23 指揮者ヴィート・クレメンテ氏を招いて「特別講演会+公開レッスン」
 ・10/5 第3回オペラ台本研究会
 ・10/21 中村敬一 演技演出講座
 ・11/2 永竹由幸氏を招いて「オペラ特別講演会」
 ・11/17 オペラ演奏法研究会
 ・12/1 オペラ演奏法研究会
 ・12/14 オペラ演奏法研究会 試演会
 ・2012/2/25 オペラ「ノイローゼ患者の一夜」公演

 会議に続いては、18:00~19:30で「オペラ台本研究会」No.2を6-110スタジオにて開催、講師は森田学先生。
 いよいよニーノ・ロータの「ノイローゼ患者の一夜」の分析、解釈、表現等に分け入った。
 想像されるロータの現代的な響きの中に、イタリア伝統のオペラ・ブッファの進化した形を感じとることができ、次回の台本研究会に期待が増すとともに、公演に向けての準備が楽しくなりそうである。

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公開講座(5)

「ヴェルディとプッチーニの演奏法研究(2)」

7月20日(水)18時より6-110教室で、下原千恵子先生と河原忠之先生による公開レッスン形式による、ヴェルディとプッチーニの演奏法研究会がおこなわれました。
この日は3名の受講生がレッスンを受講しました。受講曲は、プッチーニ《ラ・ボエーム》よりミミのアリア〈私が喜んで出てきたところへ Donde lieta uscì〉、ヴェルディ《仮面舞踏会》よりオスカルのカンツォーネ〈あなたは知りたいのですね Saper vorreste〉、そして同じくヴェルディ《二人のフォスカリ》より総督のシェーナとロマンザ〈さて、やっとひとりになれた・・・いまも鼓動する年老いた心臓よ Eccomi solo alfine… O vecchio cor, che batti〉でした。
 視線を遠くに向けたたまオペラを歌うと、その登場人物が「何か物思いに耽っているように見える」という指摘をしながら、その人物は「誰に向かって歌っているのか」、「その相手に何を言いたい・伝えたいのか」といったことを考えることで、必然的にその登場人物の視線も作者が求めるものへ近づくというオペラの登場人物を考える上で基本になるアプローチの方法を指導していました。また「(思い出として)とっておきないなら… Se vuoi」というセリフを繰り返す際に、楽譜に書かれているdiminuendoを表現するにあたり、音量だけではない表現(頭で分かってはいても表現することが若い歌い手にとっては難しい)をしっかりとおこなう必要性を認識させるような指導がなされました。
 同じ受講者に対して河原先生からのアドバイスとして、「回想フレーズ」をどのように演奏に活かしていくか、♭系と♯系の調が変わる際に映画のシーンが変化するかのような効果を生み出しているプッチーニの音調をどのように感じ、そこでの歌の旋律はどのような役割を果たしているのかを考えることで、さらに楽譜を読み込むといった作業が(指揮者から)歌い手に求められるといった将来的に舞台に立つ若者への助言を与えていました。さらに、アリアが歌われる前と後で、劇の流れのなかで、オペラ作品全体のなかで、何が起こるのか? アリアがそこに置かれていること、演奏されることに、どのような意味があるのかに至るまでの読み取りがおこなわれるとさらに踏み込んだ解釈が可能になるという読み込みの鍵が提示されました。
 次に、音楽を勉強したという点では準備がなされていたと思われますが、オペラというある意味において一種独特な準備を要求されるジャンルにおいては、より専門的な知識や技術が要求されるため、それに必要な手がかりを、下原先生はまず提示していたようです。最初に、全体的な問題としてまず改善すべき(必ず直す)点、「ブレスの取り方」と「高音のとり方」の2点を指摘しました。この技術的な2点に加え、オペラにおける表現とは、自分が見て・感じて・分かったとしてもそれだけでは十分とは言えず、それを相手に伝えてこそ、表現となり得るという点にも触れました。技術的な細かい指導(短時間で魔法のように習得させることは不可能なので、正しい方向性を指し示し、認識させることに全精力を傾けていました)と並行して、まずテキストを正しく読み、そこから得られるものをしっかりと歌や演技に反映させる手がかりとするといった、いたってオーソドックスで確実なアプローチ方法を受講生に学ばせていました。
 同受講者に河原先生もやはり、ことばのリズムから音楽を読み取る方法や連続する母音の流れのなかに子音がどのように付いているのかを研究することでベルカントについて学ぶことが出来るのでは、とアドバイスしていました。また、下原先生が高音の出し方の方向性を学ばせる際に、受講生がよい方向の声を出した瞬間に、研究所員の先生が間髪入れずに拍手することで、受講生が正しい方向で高音を出した時の感覚を身体で覚えることができるようサポートしていました。(私的な意見になってしまいますが、このような層の厚さというか、チームワーク、本物に対する腰の座った立ち位置といったものが、歌の国音を支えているのだと思います。)
 最後に《二人のフォスカリ》についての演奏研究がおこなわれました。いわゆる、ヴェルディ中期の作品で、楽譜にすると4頁ほどのレチタティーヴォとアリアです。しかし、リコルディ版の楽譜に示されている通り、このシェーナとロマンザには、ヴェルディを歌うにあたり必要不可欠とされる要素が数多く含まれています。単なるレチタティーヴォではなく(音楽形式的にはレチタティーヴォであっても)、ここではヴェネツィア総督としての公の自分、そして私的な立場における自分自身との間で繰り広げられるドラマが描き出された「情景」であることから、この1頁を表現するために多くの時間が割かれました。もちろん、これはヴェルディを歌うにあたり、ある一定のレベルで声の準備が出来ている受講者だから要求されうるものと言えるでしょう。ロマンザに入ってからは、ヴェルディを演奏するにあたり要求される、(ミリ単位と例えたらよいのでしょうか?)細かい声のポジションの調整やフレージングについて、ヴェルディ歌いとしての経験を踏まえているからこその指導やアドバイスが行われました。将来的に本場で求められるもの、そこに向かうために今すべきことなどをバランスよく受講者に伝えていたように思います。
 河原先生からは、ヴェルディのバリトンに要求される(カップッチッリなどがキャリアと共に自分の武器としたような)mezza voceの表現をいかに使っていくか、音が下降する際の支えを今一度見直すこと、といったより高いレベルのオペラ歌手とデビューするための、また、そのキャリアをより長く積むためのポイントなどを指摘していました。
 このような地道な積み重ねの中から、次世代を担うオペラ歌手が出てきてくれることを願うと共に、そのような道を歩む可能性ある若者とオペラを作っていけることに幸せを再確認した一日でした。この日の公開レッスンをもって前期の活動は終了しました。夏休みを挟んで、9月7日(水)18時からのプロジェクト研究会「台本研究」で後期の活動をスタートします。それまで、受講生のみなさん、Buono studio e Buone vacanze!

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公開講座(4)

下原千恵子先生による「ヴェルディとプッチーニの演奏法研究」(第1回)が7月6日(水)18時より6‐110教室でおこなわれました。ピアノは河原忠之先生です。
第1回目となる今回は、プッチーニの《トゥランドット》と《蝶々夫人》のアリアを受講生が歌い、それを公開レッスンのかたちで指導するなかから、演奏法研究をおこなうというものです。
まず最初に、歌い手がどのような作品を歌いたいかではなく、「作品が歌い手を選ぶ」という言葉がありましたが、これはオペラのレパートリーを考える上で核心になる言葉であるにも関わらず、特に若い歌い手には意識されにくい点であることから、非常に重要な指摘だったと思います。また、歌のテクニックで最も重要なことは「呼吸法」であり、息がいかに流れるかにかかっているといった下原先生の歌い手としてのベースについてのお話もありました。
お話よりも実際に歌って行きましょう、ということで実際の演奏における指導が早々になされました。《トゥランドット》リウの2つのアリアでは、「ことばを大切にする」ことで、リウのけなげさといったものをはっきりと浮き彫りにすることができ、”spezza il cuor”などのキーフレーズ(キーワード)を技術的な面からの説明を加えたり、声の出し方(持って行き方)を提示したりしながら、実際の演奏に向けてどのような対処が必要なのかが示されました。
2曲目に入る前に、曲が歌われる際の(ドラマの)状況を説明してください、と尋ねながらも、実際には体を休ませ、演奏に必要とされる集中力などを確保するという意図を、あまり受講生に感じさせないようにリラックスさせようとしていました。
オペラは当然のことならがイタリアで誕生し、ヨーロッパを中心に発展してきたものであることから、(非ヨーロッパ的という意味合いでの)日本的なお涙頂戴の表現に陥らないヒントを与えていました。これは後半の《蝶々夫人》などでも重要なポイントになると思われますが、題材や舞台がアジアである作品であってもプッチーニの、イタリアの、オペラであることを再認識する必要性を訴えていたように思います。また、「きれいに歌う」こと、「上手に歌う」ことだけではない、+αを受講生に要求し、「音楽を通して展開されるドラマ(メロドランマ)」が何たるかもしっかりと伝えられました。さらに、高音(アクート)については、一音一音支えようとするのではなく、一度支えを入れたらそのまま入れっぱなしにするといった、当該レパートリーを実際に舞台で歌ってきた者ならではの貴重な指導も加味して、受講者の歌や表現にも真実味が加わり、受講者自身も何らかのヒントをつかんだように見受けられました。
一人目の受講者では、受講生本人が持っているものを引き出すための指導に重点が置かれていたように感じたのに対して、二人目の受講者が演奏した《蝶々夫人》の〈ある日〉(←日本語訳の問題については戸口幸策先生の講演会で扱われました)では、この役がどのように演奏され・演じられるものなのかを具体的に指し示すことに重点が置かれたように個人的には感じました。どちらが、良い・悪いという問題ではなく、若い歌い手はまだ勉強の途中段階であることから、その段階にも個人差が必然的に生じることから、視点の異なる指導から、個人個人がより有益な情報を積極的に引き出すという意味において素晴らしい指導だったと言えるでしょう。
蝶々さんの悲劇性はピンカートンを「信じ(続け)ること」で、確信しているからこそ、蝶々さんは幸せでピンカートンを思うだけで、彼のことを話すだけで嬉しいのであり、彼女の明るさはそこからあふれ出し、それに対して(物語の結末を知る聴衆は)悲しみを禁じえないのであるという、鋭い人物分析がなされました。このような蝶々さんの人物像を描き出すために、演奏者は想像力を最大限に発揮して表情を付けていく必要性が訴えられました。
テキストをいかに声で表していくかを分からせるための指摘、イタリア・オペラに必要不可欠な声としての表現を実現するために必要な技術的な指導、時によりよい表現を実現するための技術や準備がまだ不十分である場合には、正しい道筋を指し示すといった長いスパンで捉えられた指導が次々となされていました。
次回の公開講座は来週20日(水)18時から、同じく6‐110教室です。

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オペラ台本研究会、スタート!

お待たせしました、例年大好評の森田学先生の「イタリアオペラ台本研究会」が今週、6月23日からスタートします。
本年度のターゲットは、イタリア映画音楽の大巨匠、ニーノ・ロータのユニークなオペラ作品、喜劇「ノイローゼ患者の夜」( Nino Rota “La notte di un nevrastenico” )、現代オペラのリブレットに触れる貴重な講座となります、どうぞご期待下さい。
受講生以外の聴講も自由ですのでどうぞご参加下さい。

「イタリアオペラ台本研究会」第1回目

日 時 : 6月23日(木曜日) 18:00~
会 場 : 6-110スタジオ
担 当 : 森田学先生
内 容 : Nino Rota “La notte di un nevrastenico”

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公開講座(2)

高橋薫子先生による公開レッスンの第二回目が、6月8日(水)の午後6時より、6-110スタジオで行われました。 (これは前回同様、イタリアオペラ演奏法研究の一環として行われたもので、具体的に取り上げられる作品は、高橋先生が最も得意とするレパートリーのひとつ、ロッシーニとベルカント[19世紀ベルカントの歌唱法が求められる]作品になります。)
今回の研究内容は、受講生3名の公開レッスンでした。ソプラノ2名とテノール1名の受講者は、ロッシーニ《セミラーミデ》、ドニゼッティ《愛の妙薬》、ドニゼッティ《ランメルモルのルチーア》のアリアを歌いました。
実践指導においては、その論理的裏付け(必要ないという意味ではありません)を説明したり、紹介することよりも、より良い演奏のためのヒントや避けなければならない事柄を出来る限り挙げることが大切になることもあります。今回はそのような指導がなされました。このような指導を聴講する場合には、受講者のレベルというか、声の準備がどの程度出来ているか、ということを考量する必要があるでしょう。
とはいえ、公開講座での高橋先生のことばには舞台人として将来立とう!と信念を持って日々邁進する若者にとって非常に刺激となる、有益なアドバイスが満載でした。それらのうちのいくつかをここに記しておきたいと思います。

・セリフ(の単語)アクセントのあるところで、いちいち強勢をかけて、[森田注:息の流れ、もしくは音楽の流れを]止めないこと

・感じ入る心を表現する際に、思いのかけ方を間違うと、声を介した表現にならなくなってしまう

・”Ah”という歌詞を歌う際には、感嘆詞を発している登場人物の気持ちが必要不可欠であり、その気持ちが音を作る。例えば、”Ah”と2回繰り返すのは、1回で気持ちが収まらないから

・(技術的な側面からの指導)”dolce”という単語を発語する時に、子音”l”の調音位置や方法だけでなく、前後に現われる母音(要)素と同じような響きや流れを保たなければならないこと[声楽的な表現をすれば、音は前に前に進むので、子音も前で]

・(個人の母音の音色の特徴をすぐさま聞き分けた指導)di gioiaという場合の(前置詞diの)母音”i”における口腔内の上(下)スペースを確保することで、次に続くセリフに書かれた音型が難しくなっても困難を感じづらくなること[声楽的な表現では”i”を横に広げない]

・甘美な旋律にことばの表現が影響されないこと

・小さなフレーズとフレーズがつながることでより大きなフレーズを作り出すようにすること(個々の小さなパーツが上手く歌えても、それだけでは全体として上手く調和していかない)

・音程の高いことばではなく、フレーズのなかでの大切なことば(キーワード)に向かってフレーズを作ること。より大切なことばへ向かうことは、身体の支え(呼吸のコントロール)を保ちつつ、そこへフレースを導いていく(+声を動かす)ことと連動している

これは指導のなかで出てきたほんの一部ですが、高橋先生自身がオペラ歌手として本番に臨むにあたり感じたことなどを記した記事がありますので、ここに紹介しておきます。(ちょうど1年前にロッシーニ《タンクレーディ》を歌われた時のことを思い出しつつ書かれたものです。) ↓ ↓ ↓
http://home.att.ne.jp/zeta/nobuko-t/opera.html#Tancredi

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